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最近、ちょっとした事で涙が出てくる事がおおくなりました。家族と一緒にテレビを観ていても、一番早く、涙ぐんでいる自分に気がつきます。
そんな時は、黙って一人でテレビの前から離れますが、若い頃はこんなんじゃなかったのに、歳をとった証拠だと思います。
私の父は、私が満一歳のとき、出征、たまたま広島に帰ってきた時被爆、数日、広島の焼け野原をさ迷い、浅野の泉亭(今の縮景園)で倒れていたのを、同郷の人が見つけ、故郷に帰り亡くなったのだが(母もその半年後に病気を拗らせ亡くなる)ここ10年以上前から、2〜3ヶ月毎、私一人で縮景園へ行き、広島駅側の川沿いに腰を下し、父や母、そして親代わりであった祖父、祖母の事を想い、誰はばかる事無く、涙を流すようにしている。
身体に火傷をし、その痛みと、真夏の炎天下の暑さに耐え、食べ物も、飲み物も口にすることなく、身につける物も、夜露をしのぐ場所もなくただ、年老いた両親の事、当時1歳から9歳までの未だ幼い我々4人の子供の事、妻や、故郷の事ばかり思いながら、横たわっていた父の気持、また平穏な老後の生活から一変した生活を送らざるをえなくなった祖父母の心情を思うにつけ、すぐに涙が私の頬を伝って落ちてくる。
父は、故郷に帰り、祖父母や、私達幼子、妻を残して、数え年38歳で逝ってしまった。その半年後、33歳で母も逝ってしまった。
2人とも両親やわが子4人を残して亡くなる無念さは、計り知れないものであったろうし、想像を絶する心境であったろうと思う。
また、息子夫婦を自分達より早く亡くし、おまけに70歳近くで孫4人を育てることになった祖父母・・・・・・・・
私も人生に集大成の歳に入った。何時逝っても不思議ではない。
これからはサポート・トレッキングの緒先輩のご指導を仰ぎ、悔いのないよう、毎日過ごすと共に、時々、縮景園や先祖の墓前で、涙をいっぱい流したい。(人前での涙は、出来る限り、我慢しようと思う)
そして、あの世では、父と母、生んでくれて有難う。祖父母には1歳から育ててくれて有難うと両手をついて1番に心からお礼を言いたい。
また、多くの人に助けられながらも、一生懸命生きてきたことを、誰に遠慮する事なく、思い切り涙を流しながら話すので聞いてもらいたいと思っている。

会員J

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